音のポリシー

以前の記事でも引用させて頂いたtweetですが再び貼り付けました。

私はスピーカーオーディオにおけるプリアンプやパワーアンプを中心にラインナップを連ねるPASSの製品を聴いたことがありません。PASSはこのヘッドホンアンプの音しか体験したことがないのです。

それでも、HPA-1にはPASSの音のポリシーが受け継がれているのであれば、(自宅に据えるシステムは)ヘッドホンの世界から外に出て行かない私のような者でも、その「音のポリシー」とは何なのか、その一端が掴めるかもしれない。

 

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ASRではPASSのアンプは酷評されています。確かにこの諸特性は数値的には悪いです。同価格帯のBenchmark HPA4と比較すればその差は歴然。

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SINAD82dbのPASSと、120dbのBenchmark。このスペックの差を見てしまうと、それだけでPASSを選択肢から外す方はきっとおられるでしょう。しかし私はそのように特性だけ見て足切りしてしまう事は非常に勿体ないと思います。音質を、そして音楽的表現力の全てがこれらの測定でのみ決定されることはないのです。

 

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設計担当者へのインタビューで私が注目したのは以下の部分です。

the funny thing was that initially I practically used no test equipment except for a multi-meter and scope. The design was essentially done by ear before a distortion and noise analysis was performed. Only after we had it sounding the way we wanted did we do a complete set of tests and in this case the measured results were quite good. I find it a danger to pursue better numbers for measurement's sake. 

盲目的に測定値の改善を追求することは危険だとさえ言っています。まず「ヒアリング」が先にあり、狙ったサウンドが実現できた場合に各種の測定を行う。その結果として特性も良好であった、とあるので設計者はHPA-1の測定値が悪いとは認識していないのかもしれません。私にとっては実際の出音を聴いてしまえば特性なんて些細なことですが。

 

店頭試聴で断言めいたことは最近避けようかなと思っているのですが、今回の記事ではどうしても必要なので書くことにします。HPA4は綺麗で雑味のない音で、確かにS/Nは測定値通りに高いのでしょう。しかし私の感覚では音楽の「質感」が出ていない。

果物や野菜が身と皮の間に栄養がたくさん含まれていることと同じイメージで私は捉えています。NFBをガッツリ掛ける=表面を綺麗にトリミングすれば特性は安定しますが旨味成分も一緒に捨ててしまうことになる。もちろん極端な無帰還で高域がザラザラなのは問題があり、結局は設計者のバランス感覚に依拠します。おそらくPASSの場合は「最低限の必要以上にフィードバックを掛けない」ことを念頭に置いているのでしょう。

 

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moon audioのSound Impressionでは "tube-like sound" とありますが、例えばCayinの真空管アンプのような音とは異なります。フルサイズ一眼カメラで撮影したイメージで言うところの、主題の質感がクリーミーで肌理細かく背景はトロッとしてボケる感じまでの極端な真空管サウンドではないという意味です。PASSのアンプは「静特性」のイメージほど解像度が低い印象はなく、ある程度隅々まで必要な情報量は確保されています。

つまり基本的にはトランジスタアンプの性格を基調としながらも、"Tube-like" である。音楽の浸透力が抜群に優れているんです。私がこの10年に渡って実際に所有した、または試聴した機器でこんなにスッと音楽が心に入ってくる体験なんて他にない。

これは非常にパーソナルな評価軸ですから私以外にそう感じる人がどれだけいるかは伺い知れませんが、それでもこのPASSの「音のポリシー」は、一度聴けば伝わる人は必ずいるとは思っています。