final STORE 訪問 & A8000試聴記

final STOREは秋葉原SEEKBASEに店舗を構えていた頃、2020年の秋にD8000のイヤパッド交換の為に訪れました。それから1年半が経ち、また解れや擦れが目立ってきました。夏をやり過ごして涼しくなってから交換しても良いのですが、普段から装着する前に洗顔をして十分乾いてから聴き始める等で気を付けていても、顔の脂や水分はどうしてもイヤパッドは吸ってしまうものです。1年目はまだ良くても2年目の夏は辛いので、スパンを短くすることにしました。

今年1月末にfinal本社が川崎のより駅に近い方に移転することに合わせて、final STOREが同じビル内に併設されたので一度行ってみようかなと。距離的には秋葉原より遠くはなりましたが、上野から東海道線を使えば中野に行く時と時間的にはそう大差はないので、気が向けば普通に通える距離ではあります。

ハウジングの凹に埃があると写真では余計に目立ちますね・・・

D8000イヤパッドは構造が複雑でデリケートなので、私にとって付け替えは結構難しいのです。変に引っ張ったら中の素材がズレてしまう気が・・・こういう時に、ヘッドホンを持参してSTOREに行ってイヤパッドの在庫があればその場で交換してくれるのは助かります。会計を済ませて預けたヘッドホンが下の階に運ばれて、5分足らずで作業完了して戻ってきました。秋葉原SEEKBASEにSTOREがあった頃より早かったと思います。

せっかくなのでD8000専用ケースも購入しました。持ち運ぶ機会は少ないのですが、布袋に入れるのも何だかなぁと思っていたので。

イヤパッド以外にも、「修理に該当するか分からないけど、ヘッドホンの調子が悪い」みたいな症状があった場合に、ストアとラボが併設されたことにより緊密に連携できるようになりました。また、製品化されるか分からないけど面白い試作品が出来た、なんて時に突発的にストアに上がってくることもあるらしく。色々な相乗効果が期待できます。

イヤパッド交換作業の合間にA8000を試聴しました。これまでオーディオを始めて10年に渡りヘッドホンと据え置き機材に全力を注入しポータブルには何も手を付けていないので、本当にDAPの1台さえも持っていません。まずはandroidのUSB-C→3.5mm変換を介して聴いてみましたが、ホワイトノイズが聴こえる上にパワー不足で流石にこれでは判断できません。その後、きむ兄さんにAudioQuest Dragonfly Cobaltをお借りしました。

これまでポータブルオーディオに手を付けてこなかったのはいくつか理由があります。生活スタイル的にどうしても必要というわけではない、というのがひとつ。しかし最も大きな要因は「イヤホンの違和感」です。開放型ヘッドホンを長年使い続けてそれが自分の基準となっていると、イヤホンの「閉じた低音」が受け付けられなくなっているのです。密閉型ヘッドホンでもそういう部分はありますが、イヤホンは特にその要素を強く感じます。音が籠って抜けない、その上で耳介内の共鳴を利用して低音の量感を稼ぐことを狙ったモデルが多い。カスタムIEMが流行り出した時期にそのような帯域バランスの製品がトレンドになり、私の求める方向とは全く違うのでイヤホンへの興味を失ってしまいました。多ドラBAもクロスする帯域で音が濁るのが違和感すごくて・・・

A8000はこのような「違和感」が皆無に近いです。籠らずきちんと音が抜けて、耳元で鳴っている感覚がありません。低域ブーストに頼らなくても、BAドライバを10個も20個も入れて音の濃さや厚みを演出しなくても、基本的な設計をとことん突き詰めればDD1発でここまでのレベルに到達できるのだなと。滲みがない、濁りがない。音の繋がりが滑らかでありながら、個々の音に意識すれば明瞭に拾うことができる。空間のレイヤーが緻密で、重層的なのです。D8000のスケールは望めませんが、A8000にも小さな「箱庭」がそこにあります。ベリリウムの物性固有の音はやはり感じます。Focal Utopiaほど顕著ではありませんが、やや「カリッ」とした質感で、温度感は若干クール寄りに感じます。

 

ある意味ここから先が今回の記事の隠された本題となります。コロナ以降の世界では、原材料の高騰や部品調達の困難により生産終了を余儀なくされた製品が出てきました。先のFocal Utopiaもそのひとつで、個人的にショックが大きいです。生産は何とか可能でも、価格改定や納期が伸びるということも増えました。他方で中古売買はヤフオク等を介して活発化している印象です。匿名配送が簡単に行えるようになり個人情報を渡さずに済むことになった点も大きいでしょう。こうした流れの中で、メーカーは生き残りを模索していくのだから大変な時代だと思います。

私が最近思うのは、やはりユーザーに「愛される」企業は強いということです。新品で買ってそれを長く使い続けたい、手放したくない。(特にハイエンドモデルでは)例え納期が長くとも、それを待ってでも欲しい。そう思わせるだけの熱意を向けてくれる人を、どれだけ獲得できるか。

昨今のオーディオは製品サイクルが短すぎます。本当はもっと時間感覚がゆっくり流れるべき世界です。満を持して出した中核となるモデルは、マイナーチェンジをどこかで挟んでも良いけれど、10年は出し続けるべきと思います。その点でも、(保証期間の設定はあるにしても)修理やメンテナンスに持ち込みやすい、というのは助かるんですよね。

リアル店舗の雰囲気が良いんです。落ち着いているけど「自然体で明るい」。この塩梅は簡単なようで実は出来ていないところ、多くないですか?海外企業には「憧れ」の感情のベクトルが向きます。それなら、国内企業は「愛される・親しまれる」というところにエモーションの軸があると。それはオンライン販売だけに頼らずに、人と人との交流があるからこそ発生しうるものでしょう。