NUARLへの反論
以前もお話しましたが音の好みは人それぞれです。加えて聴覚特性も人それぞれで異なっています。なので、複数の製品を比較した場合に、ある程度ちゃんと作られた物であれば、その音に違いはあってもその殆どは「良い悪い」でなく「好きか嫌いか」でしかありません。#NUARL
— NUARL® (@nuarl_com) 2024年12月23日
これは端的に間違っています。「好きか嫌いか」の評価軸とは全く別の概念として「良い悪い」は確実に存在するし、これらは区別して取り扱うべきなのです。
私はこれまでNUARLの製品を試聴したことはないので、現時点ではこのメーカーがどのような音を出しているのか、まだ把握しておりません。よって、小見出しでは「NUARLへの反論」と書いていますが、個別の製品について何か述べることは「この記事では」ありません。なのでこのページを読んだ方も、何かメーカーのイメージを損ねるような感情的な発言は慎んで頂きたいと思います。
オーディオにおける「良い悪い」とは
私が何かしらの製品を聴いて「良い悪い」を判断する時、その判断基準となっているのは、価格帯レンジごとに一定の水準を満たしているかということです。
- 5万円の製品なら、まぁこれくらいでも良いでしょう
- 15万円のプライスであれば、このレベルの表現までは難なくこなしてほしい
- 30万円だったら?要求度合いは必然と上がりますよね
という感じで。近年はイヤホンでもヘッドホンでも60万円以上の製品が続々登場しているので、自分の中では「ハイエンドクラスを名乗るだけの基準」というのも設定してますよ。
製品の個性や長所短所を総合的に見て「良い悪い」と「好き嫌い」を判断する
さて、音質を構成する要素というのは非常に多岐に渡るわけですが、ここでは単純化のため五角形のレーダーチャート図を用いることにしましょう。

各項目2点×5=10点を「良い悪い」の判断基準としてイメージします。
ここで、何かしらの製品を試聴した際に、例えば「質感の滑らかさ」が価格帯レンジの水準を超えて優れていたとして4点を付けたなら、それは「良い」ということになりますね。「コストパフォーマンスが高い」と言い換えることも出来るでしょう。

15万円では各項目5点×5=25点を基準に引き上げます。
仮想上の15万円製品Aは、オールラウンダーではなく特定の方向性を目指した個性的な音作りがされています。
私の個人的な好みで言えば、「質感の滑らかさ」が特に優れているこのA製品は「好き」ですが、帯域バランスや環境追従性に難があり、それらの項目は価格水準から見て「悪い」と評価します。これが「良い悪い / 好き嫌い の区別」です。

30万円なので各項目7点を基準にしましょう。
年に数回、イヤホンはまとめて試聴して市場の動向チェックしてますが、最近こういう音の製品が非常に多い気がします😓
確かに空間は広いし音の密度は濃いのですが、マルチBAの各ユニットの制御が不完全で音の被りや曇りが気になります。音圧だけ高くて、細部の質感描写が粗い。これよりずっと下の価格帯の方がまともに鳴っていると思うこともしばしば。
全てが「好みの世界」で片付けられてしまったら?
そういった風潮が今後仮に根付いたとして、しばらくすると、穿った見方をしてしまえば「まともな企業努力」をしない不誠実なメーカーが増えるのではないでしょうか。
実際の出音は価格相応の水準を満たしていないのに、何かと理由を付けて好き勝手に高額なプライスを掲示し、少数の「信者」を囲い込む。ハイエンドイヤホンの世界では、既にこの傾向は数年前から目立って見えるようになりました。60万円のイヤホンであれば、本来は上記のチャート図で満遍なく9点や10点の項目があって然るべきですが、全くそのような音が出ているとは感じられません。
この様相がより下の価格帯でも当たり前に観測されるようになると、もはや価格は何の物差しにもならない混沌とした世界になりそうです。時折、誠実で耳の良い開発者が普及価格帯で名機を世に残したとしても、界隈で広く認知されず埋もれたまま生産を終了してしまうかも・・・
「客観的評価」を廃した世界とは、極論を言えばそういうことです。
真っ当に高音質を目指して性能の高い機器を作って、その結果商品の価格が高いメーカーと…極端なチューニングで信者集めて高い値段で売ってるメーカー…そこを一緒にしたらあかんと思うんや🥺好みの差って綺麗な言葉で全部均しちゃったら…イヤホンやヘッドホンの進化に悪影響があると思うんや… https://t.co/ZreR3F4lQc
— ⑦ (@seven_headphone) 2024年12月24日
価格帯レンジごとに、音質の「相場感」を界隈で醸成することが必要
先程から価格帯レンジごとに「このくらいの音が出ていてほしい」という話をしてきましたが、これが各々で独自のバラバラな基準であっては客観的指標として機能しません。完全ではないにしろ、ある程度の範囲内において共通認識の擦り合わせを行い、徐々にその母数を増やしていくのです。
そのためにも、試聴なり購入した製品に対して、「好き嫌い」と「良い悪い」を意識的に区別して併記したインプレッションを書いてみましょう。長文でなくとも簡潔な箇条書きで全く問題ないと思いますし、自分の判断した「客観的評価」が間違っていると怖れる必要もないです。なぜなら同じ製品の他人のインプレッションを数多く読んで、「後から」擦り合わせを行えば良い、ただそれだけのことだからです。
時には納得のいかない他人の評価もあると思いますが、重要なのは数多くのレビューを総合的に判断して、「良い悪い」の妥当なラインを見つけるという過程にあります。